最近のAI、本当に仕事が早いです。文章を整理してもらっても、画像の案を出してもらっても、「え、早っ!」となります。しかも、だいたいきれい。私より迷いがありません(笑)。

ところが、画面を見た瞬間に「きれいだけど、なんか違う」と思うことがあります。どこが違うのか、すぐには言えない。何度か「もう少しこうして」と頼んでいるうちに、そもそも私は何を見せたかったんだっけ、となることもあります。

AIがよくないという話ではありません。私は実際、かなり助けてもらっています。ただ、便利になればなるほど、最後に「これでいく」と決める自分の感覚が、案外大事なんだなと思うようになりました。

空いた時間に、また仕事を入れてしまう

AIを使うと、今まで1時間かかっていた仕事が10分で終わることがあります。50分も空いた、やった。ところが気づくと、そこへ別の仕事を入れている。AIに時間を返してもらったのに、すぐまた仕事へ返してしまう。

もちろん、できることが増えるのはありがたい。でも、空いた時間を全部「もっとやる」に使ったら、暮らしは豊かになるというより、ただ速くなるだけかもしれません。

人とゆっくり話したり、実際のものを見に行ったり、手を動かしたり。何もしないでぼんやりする時間だって、本当は必要です。AIが時間を空けてくれても、その時間を何のために使うかまでは決めてくれません。そこは、こちらの仕事なんですよね。

「おいしそう」は、もうスタート地点

AIは、見せ方も上手です。写真も文章も動画も、「もう少しいい感じに」と頼めば、ちゃんといい感じにしてくれる。今まで形にできなかったものを外へ出しやすくなったのは、すごくいいことだと思います。

でも、きれいなものばかりが並ぶと、きれいなだけでは目が止まらなくなります。人の目って、すぐに慣れるものですね。

AIがつくる整ったイメージのそばで、手が温かな器を差し出している様子

食べ物なら、写真の湯気が完璧でも、本当においしいかは食べてみないとわかりません。お店なら、おしゃれな内装より、入ったときにどんな顔で迎えてもらったかのほうを覚えていたりします。サービスも同じで、申し込み画面がきれいだったことより、困ったときにどう対応してもらえたかが残ります。

見せ方が大事ではない、ということではありません。知ってもらうための入口は、やっぱり必要です。ただ、きれいに見せることが特別ではなくなったら、その先に本当においしいものがあるか、気持ちのいい時間があるか。そこまで含めて考えることになるのだと思います。

コンセプトは、最後につける一言ではない

では、どんな体験をつくるのか。そこで必要になるのが、コンセプトです。言葉だけ聞くと、企画の最後に載せる、かっこいいキャッチコピーのようですが、本当はもっと地味で、実務的なものだと私は思っています。

たとえばアートの場でも、「上手な作品を完成させて持ち帰ってもらいたい」のか、「知らない色を試して、少し驚いて帰ってもらいたい」のかで、用意する材料も、声のかけ方も、時間の使い方も変わります。迷ったときに、どちらを選ぶか決めてくれるもの。それがコンセプトです。

AIは、タイトルも見せ方もたくさん提案してくれます。百個出して、と言えば、本当に出してきそうです。でも、案が増えるほど、選ばないものも決めなければならない。「来た人にどんな時間を過ごしてほしいか」が決まっていないと、きれいだけれど、誰のものかわからない企画になってしまいます。

実は、この記事の最初の画像も、一度つくってからやり直しました。悪くはない。でも、私の中では「なんか違う」。AIの話をしている感じが足りなかったんです。そこで伝え直して、別の画像を出してもらいました。こういう小さな違和感を置いていかないことも、コンセプトを守ることなんだと思います。

「これで合ってる?」と聞かれたとき

この話は、私がアートの時間で大切にしていることと、そのままつながっています。

AIの提案を横に置きながら、子どもが自分の手で色と形を試している様子

教室では、「これで合ってる?」「何色にしたらいい?」「どう描けばいい?」とよく聞かれます。子どもだけではありません。大人も「自由にどうぞ」と言われると、案外困ります。正解のあることに慣れているので、私も気持ちはよくわかります。

そこで色を指定すれば、作品は早くまとまります。でも、その子が自分で選んだ経験はなくなってしまう。だから私は、すぐ答える代わりに「どれが気になる?」「やってみる?」と聞くことがあります。塗ってみて違ったら、上から別の色を重ねればいいんです。

空は青、と私たちは知っています。でも、よく見たら白っぽい日もあるし、灰色や薄紫に見える時間もあります。夜の空は黒とは限らない。「知っている色」を塗るのか、「今、自分に見えている色」を選ぶのか。その小さな違いの中に、アートのおもしろさがあります。

自分で少し考えて、色を選ぶ。とりあえずやってみて、違うと思ったら変える。その途中で「私はこっちが好き」に気づく。私がアート教育で大切にしている「自分で考える」「選ぶ」「試す」「自分の感覚を持つ」は、別々の課題ではなく、この一連の流れの中にあります。

だから、完成見本へ早く近づけることだけを目標にはしません。答えを渡さないのは、放っておくことではない。自分で選べる材料と、やり直せる時間を用意して待つ。それが、私がつくりたいアートの場です。

AI時代だから、ここは変えない

私はこれからもAIを使います。便利なところは助けてもらうし、自分一人では出なかった案も見てみたい。ただ、きれいに整えることと、自分の感覚まで預けることは、別だと思っています。

AIが仕事を早くしてくれたなら、その時間を全部、次の仕事には渡さない。人と話したり、よく見たり、手を動かしたりする時間にも使いたい。すぐ正解が出ない時間は、ちょっと面倒です。でも、たぶん、そこにしかないものがあります。

AI時代だからこそ、「自分で考える」「選ぶ」「試す」「自分の感覚を持つ」という体験の価値は、むしろ上がる。実際にAIを使いながら、私はそんなふうに感じています。便利なところではちゃんと助けてもらいながら、人が自分で感じるところまで急がせない。私はこれからも、そういうアートの時間を大事にしていきたいです。