絵画教室で、よく聞く言葉があります。

「できない」
「わからない」
「先生、やって」

白い紙を前に手が止まり、こちらを見る。そんなとき、大人はつい「できるよ!」と励ましたり、「こう描いたら?」とやり方を教えたくなります。

でも、子どもたちを見ていると、同じ「できない」でも、その中に隠れているものは一人ひとり違うと感じます。

「できない」は、一つの意味ではない

やり方が分からない。失敗するのがこわい。これで合っているか自信がない。自分で決めるのが不安。ちょっとだけ手伝ってほしい。まずは誰かがやるところを見ていたい。

子どもは、自分がどこで困っているのかを、うまく説明できるとは限りません。いろいろな気持ちをまとめて「できない」と言っていることがあります。

だから私は、「できない」という言葉だけで、本当にできないと決めないようにしています。

子どもがクレヨンで電車の絵を描いている手元

「できるよ!」が届かないこともある

もちろん、励ますことは大切です。でも、困っている理由が「能力」ではないとき、「できるよ!」だけでは動けないことがあります。

色を選ぶのが不安な子に「大丈夫、できるよ」と伝えても、どの色を選べばいいかは分かりません。失敗したくない子に「好きに描いていいよ」と言っても、自由になった選択肢の多さが、かえって不安になることもあります。

反対に、「ここは赤にして、次はこれを描いて」と全部を伝えれば、作品は早く完成します。でも、それを繰り返していると、子どもは次の指示を待つようになります。

手を動かすことと、自分で動き出すことは、同じではありません。

「どこで困った?」と聞いてみる

子どもが「できない」と言ったとき、私はすぐに答えを渡す前に、「どこで困った?」と聞いてみます。

最初の一本が描けないのか。色が決められないのか。失敗するのが心配なのか。やり方そのものが分からないのか。

最初の一本で止まっているなら、どこから描き始めたいか一緒に探す。色が選べないなら、並んだ色を見ながら「どれが気になる?」と聞いてみる。失敗がこわいなら、別の紙で一度試してみる。画材の使い方が分からないなら、完成形を見せるのではなく、手の動かし方だけを伝える。

その子が困っている場所が分かれば、全部を先生がやらなくても、ほんの少しの手助けで動き出せることがあります。

子どもが色とりどりの花を自由に描いた作品

手伝うことと、答えを渡すこと

私は、子どもを手伝ってはいけないとは思っていません。分からないまま放っておくことが、自立でも自由でもないからです。

ただ、どこまで手伝うかは考えます。先生が完成まで連れていくのではなく、子どもが自分で次の一歩を選べるところまで手を貸す。

少し描き始めると、急に自分の世界が広がっていく子がいます。一色を選べたことで、次の色は迷わず決められる子もいます。最初は何度もこちらを見ていたのに、途中から夢中になり、先生の存在を忘れて描いていることもあります。

その瞬間を見ると、「できない」の中に隠れていたのは、能力の不足ではなく、最初の一歩への不安だったのだと分かります。

完成よりも、自分で動き出したこと

絵画教室では、作品を完成させることも大切です。でも、きれいに完成したかどうかだけでは見えない成長があります。

自分で色を選んだ。描く場所を決めた。失敗したあとに、もう一度試した。予定を変えて、自分なりの方法を見つけた。

子どもがクレヨンと絵の具で描いたトラの作品

その小さな経験の積み重ねが、「自分で考えてもいい」「やってみてもいい」という感覚につながっていきます。

「できない」は、終わりの言葉ではありません。その子が何に困っているのか、どんな手助けを待っているのかを知るための入口です。

すぐに答えを渡すのではなく、まずは「どこで困った?」と聞いてみる。そこから、その子の絵がもう一度動き出すことがあります。